『高尾と紺屋』

藍に染まりし一筋の恋

江戸・神田紺屋町で染物職人として働く若い紺屋の職人・九蔵(きゅうぞう)は、仕事熱心でまっすぐな男だった。手はいつも藍染めの青に染まり、爪の先まで紺色に染まっていることから、仲間からは「青手(あおて)の九蔵」と呼ばれていた。

ある春の吉原道中。たまたま仕事の納品帰りに花道を見に行った九蔵は、吉原三浦屋の最高峰・高尾太夫(たかおだゆう)の姿を目にする。しとやかに足を運び、凛とした気品を纏う高尾の美しさに、九蔵は一目で心を奪われてしまった。

それ以来、九蔵の頭の中は高尾のことでいっぱいになり、仕事の最中もぼんやりと空を見上げることが増えた。見かねた親方が尋ねた。 「おい九蔵、最近心ここにあらずだな。何か悩みでもあんのか?」

九蔵は意を決して、吉原で見た高尾太夫への思いを打ち明けた。親方は呆れつつも、若い職人の純粋な一途さに毒気を抜かれ、苦笑いを浮かべた。 「高尾太夫といえば、大名や大商人相手の格が違う吉原一番の花魁だ。お前さんのような紺屋の職人が逢うには、山のような金がいるぞ。ただな……夢を見るなら、本気で稼いで吉原へ行ってみろ」

その日から、九蔵の目の色が変わった。早朝から夜遅くまで、誰よりも多く布を染め、爪の藍をさらに濃くしながら必死に金を貯め続けた。寝る間も惜しんで働き、三年の月日が流れた頃、九蔵の懐には太夫を一晩揚げるに十分な一両が五十枚――五十両の金が溜まっていた。

九蔵は一番上等な着物を仕立て、吉原の案内所に足を運んだ。通された三浦屋の座敷で、胸を躍らせながら待っていると、香木の甘い香りとともに高尾太夫が姿を現した。

夢にまで見た高尾を目の前にして、九蔵は緊張のあまり言葉が出ない。吉原の慣わしでは、馴染みになるまで無駄な身分明かしはしないものだが、九蔵の不器用で真っ直ぐな様子に、高尾は優しく微笑みかけた。

「お前さん、ずいぶんと手が青いな。染物屋さんかい?」

尋ねられた九蔵は、隠しきれずに自分の身分と、これまでの思いをすべて打ち明けた。 「……はい。神田の紺屋で職人をやっております。三年前、道中で太夫のお姿をお見かけして以来、どうしてももう一度お会いしたくて……必死で金を貯めて参りました」

高尾は九蔵の青く染まったゴツゴツとした手と、誤魔化しのない真剣な眼差しをじっと見つめた。高尾のもとへ通う男たちは、豪奢な着物と金に任せて自分を飾る者ばかりだった。しかし、目の前の男はたった一度の面影を胸に、自分の手で汗を流して得た金で、自分に会いに来たのだ。

高尾はそっと九蔵の青い手に自分の手を重ねた。

「高価な金品や甘い言葉より、お前さんのその青い手が、誰の言葉よりも深く私を思ってくれた証でおざんすね」

吉原の夜が更けていく中、高尾は九蔵のために真心を込めて酒を注いだ。身分も職種も越えた二人の間には、格式高い吉原の座敷とは思えぬほど、あたたかく穏やかな時間が流れていた。

染めて愛しい 紺屋(こうや)の色に
心染め抜く 高尾の意地よ
百両ためて 会いに来て
夢を現(うつつ)に かえる夜

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